活動の趣旨


長寿社会を、もっと明るい社会に

私たちの住む超高齢化社会を取り巻く状況は、年々厳しさを増しています。
あまり知られていませんが、合計特殊出生率が2.07を下回り人口減少社会の到来が明らかになったのは、実はもう40年以上も前のことです。
その後現在に至るまで、国を始め社会全体で有効な対策が講じられることはなく、結果的に多数の高齢者を少ない現役世代が支えるいびつな社会構造が、今後数十年にわたり続くことになってしまいました。

国家運営に長期的視点が欠けていた代償は、あまりに大きいといわざるを得ません。

しかし、残念ながら過去の無策を嘆いてみても現状が好転するわけでもなく
今求められているのは、課題の一つ一つに前向きに対応していくことでしょう。

 

リリーフィールドは、高齢者の孤立とその結果として生まれる「孤立死」の問題に取り組みます。

皆さんは「孤立死」や「孤独死」という言葉を聞かれて、何をお感じになるでしょうか。
孤立死を社会問題として論じる以前に、「それは個人の生き方の問題だ」、「人の死に方について他人がとやかくいうものではない」と思われる方も少なくないかもしれません。
確かに、どういった形で人生の最期を迎えるのかは、その人の生き方の帰結であり、ある意味では究極の自己責任問題といえます。
とはいえ、人の死をそのように個人だけの問題に矮小化してしまう風潮に、私たちは居心地の悪さを感じるのです。

元来、私たちは好むと好まざるとに係わらず否応なしに社会と繋がっていました。村八分と呼ばれるような社会制裁を受けている状況でも、火事と葬式への対応(二分)だけは地域社会と繋がっていたとされています。そのことは、人が本来的に社会的存在であることの証左でしょう。

孤立死には未だ法的な定義がありませんが、内閣府の平成25年度高齢社会白書では「誰にも看取られることなく息を引き取り、その後、相当期間放置されるような悲惨な」死、と表現されています。
いつの頃からか増えてしまった、社会から隔絶したそのような悲しい死を、出来る限り減らすことがリリーフィールドの目標です。



たとえお一人暮らしでも、身寄りがなくとも、その人の命に係わる一大事があった時には誰かがそれに気づいて必要な行動を起こす。
私たちは、この社会が本来備えていたそんな当たり前の機能を、もっと取り戻したいと考えています。

 

 

多くの人が安心して長生きを楽しめる、そんな明るい高齢化社会の実現に向けて、私たちの事業がその一助となる事を願っています。



救える命を救う 守れる尊厳を守る

孤立死の問題点

  • その方の体調の急変、事故などに第三者がもっと早く気が付いて適切な処置をとっていれば、死亡せずに済んだケースが少なくないと思われる点。

  • 孤立死された方のご家族、友人、近隣者などに、大きな精神的ダメージをあたえる点。

  • 発生現場の原状回復にコストがかかることや、住居の不動産価値が下がることなどで、ご家族、住居の所有者、近隣者などに経済的負担が生じる点。

 

孤立死については、その定義の難しさも手伝って未だに全国的な調査が行われず、統計もありません。
そのため、その死亡例のうち果たしてどの程度救えた命があったのかについては、データがない状況です。
しかし、高齢者に起きている体調の急変や事故などの状況を考えれば、即死や短時間で死に至る事例ばかりではないことや、適切な対処がなされていれば死亡せずに済んだケースが相当数あったであろうことは間違いありません。
早期発見さえできれば、助かる命はたくさんあるはずです。

また、最終的に命を救うことができなくとも、少しでも早く第三者が異常に気が付くことで、その方の人間としての尊厳を守ることができます。
救命や蘇生の可能性がある限り、医師によって最善の処置がとられますし、仮に発見時にすでに手遅れでも、綺麗な姿で家族や知人と最後のお別れをすることができるでしょう。
たとえ最期を看取ってくれる人はなくとも、人間らしく旅立つことができます。


「孤立死ゼロの街」を目指して

孤立死は今やだれの身にも起こりうることであるとともに、その発生は重大な社会的損失につながります。

そういった認識のもと、すでに全国各地で自治体や地域の団体などが様々な事業を行っており、また個人で利用できる民間企業のサービスも増えてきました。
私たちもまた、そうした多くの取り組みと同様、少しでも多くの地域を「孤立死ゼロの街」にできるよう、活動を続けていきます。

高齢社会の実情と諸問題

高齢化社会とは
高齢社会、高齢化社会とは、一般的に以下のように定義されます。

高齢化社会 ~ 高齢化率(総人口に占める65歳以上の割合)が、7%を超える社会。
高齢社会  ~ 高齢化率が、14%を超える社会。
超高齢社会 ~ 高齢化率が、21%を超える社会。

日本の高齢化率は、1980年代までは先進諸国の中でも下位でしたが、この30年ほどで一気に駆け上がりました。平成25年の統計ですでに25%を超えており、このまま推移すれば2060年には40%になると見込まれています。日本は「超」が二つ付くほどの恐るべき高齢社会となることが、ほぼ確実なのです。
社会保障費の増大
高齢社会問題の中でも、最も分かりやすく差し迫った課題が、社会保障費用の問題です。
年金、医療、介護の他、近年は生活保護についても財政問題がクローズアップされることが多くなりました。

年金は、戦後一貫して賦課方式というシステムを取ってきたため、人口バランスの急激な変化に対応できず、財源不足が大きな問題となっています。識者の中にはすでに年金制度は破たんしていると説く人も少なくありません。

医療は、世界でも有数の優れた国民皆保険制度を有し、これまであまり問題にされて来ませんでしたが、やはり高齢化の影響は避けがたく、技術の進歩に伴う医療費の増加も相まって同じく深刻な財源問題を抱えています。特に国民健康保険の財政はひっ迫しており、保険制度全体の見直しが喫緊の課題となっています。

介護についても、年々その費用が増加しており、ニーズに対応しきれていません。結果的にそのしわ寄せが現場の介護スタッフの待遇や労働環境に及び、介護職の慢性的な人手不足の原因となっています。また介護を公的サービスでまかないきれない状況は、働き盛り世代の介護離職問題の遠因ともなっています。

更に近年は、長期の経済停滞と年金制度の不備により、大量の生活保護受給高齢者が生まれています。今や受給者の約半数は高齢者です。前述の年金、医療、介護と比較して額は大きくはありませんが、生活保護は全額税金であり、財政上のインパクトは小さくありません。
現役世代の負担増
日本の高齢化の大きな特徴は、少子化を伴うことにあります。
すでに1975年には、合計特殊出生率が2.0を下回っていたにも係わらず、何も有効な施策が取られなかった結果、出生率は下がり続け、今世紀に入って下げ止まりしたものの、現在でも1.3~4程度の低水準から抜け出せずにいます。
今後、日本では数世代にわたって生産年齢人口の比率が低い状態が続き、現役世代が重い負担を負わねばならないのはほぼ確実です。社会福祉費用の他にも国と地方の多額の負債もまた、将来の世代に重くのしかかることになります。
その結果、労働者の可処分所得が大きく減少し、それが更なる経済の停滞を招き、晩婚化や未婚化がますます進み、一層少子化に拍車をかけるといった悪循環に陥る可能性もあります。更には、世代間の不公平が深刻な対立を生み、社会不安を巻き起こす危険すら考えられます。
高齢者世帯の増加
戦後日本では、世代の人口バランスだけでなく、家族や世帯、地域社会といった身近な社会環境も大きく変化しました。高度成長時の経済的要請の他、人々の価値観の変化もあり、地方から都市部へ大規模な人口移動が行われ、地方の過疎化、高齢化と、核家族化や世帯の少人数化が急速に進みました。人口のボリュームゾーンが高齢者となった現在、単身や夫婦のみの高齢者世帯の増加が、孤立死や、高齢者を狙った犯罪の増加など様々な問題の背景となりつつあります。。